スロットマシン

スロットマシン, by Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki?curid=270122 / CC BY SA 3.0

#カジノゲーム
#ギャンブルゲーム
#エレメカ
ラスベガスのカジノに設置されるスロットマシン ラスベガスの人気リールマシンウィール・オブ・フォーチュン スロットマシン (英: slot machine) とは、賭博(ギャンブル)を目的とするコイン作動式のゲーム機のことである。
このようなゲーム機には、リールマシン、ビデオスロット、ビデオポーカー、ビデオキノ、ホースレース、オートルーレット他さまざまな種類があるが、一般的には、これらギャンブルゲーム機全体を指す広義の意味よりも、リールマシンおよびビデオスロットのみを指す狭義の意味として用いられる場合が多い。
本項では、原則として狭義の意味のスロットマシンについて説明するが、誤解や混同を避けるため、本文中では「リールマシン」あるいは「ビデオスロット」の語を使用し、「スロットマシン」と記述する場合は、必ず広義の意味であるものとする。
「スロット」の名は、硬貨またはトークン(代用貨幣)の投入口を意味する言葉「コインスロット」に由来する。
そのため、文脈によっては自動販売機やジュークボックス、ギャンブルを目的としないアーケードゲーム機など、コイン作動式の機械すべてを包括して指す用例も見受けられる。
逆に硬貨やトークンを受け入れるスロットが無く、磁気カードなどで遊ぶリールマシンやビデオスロットも「スロットマシン」と呼ばれる。
コインで作動するチャンスゲーム機がアメリカにおいて製造されるようになったのは、南北戦争以降のことである。
1870年代中頃には、コイン作動式の競馬ゲームがアメリカの酒場で稼動し、この種の機械が新たな工業製品の分野として成立するようになった。
1890年代になると、一般に「ポケットマシン」と呼ばれる、無数のピンを打った盤面にコインを投入し所定のポケットに入れば勝ちという、日本のパチンコを思わせるゲームや、一般に「ホイール」と呼ばれる、面を放射状に区分けした円盤が回転するマネー・ホイールに似たゲーム機が多く製造されるようになる。
しかし、スロットマシンの主流がリールマシンに移る1930年代以降、この種のマシンは少なくなっていった。
現代のリールマシンのように、複数の回転輪を並べて回転させ、停止した時の絵柄の組合せで得喪を決定するリールマシンは、1890年代の早い時期から、ポーカーをモチーフとするゲームとして出現している。
しかし、それらはゲーム結果の判定と払い出しを自動的に行うメカニズムを備えておらず、当たりの目が出た場合には、オペレーターが景品のビールや葉巻を手渡しで払い出す必要があった。
チャールズ・フェイが開発したリバティ・ベル 1898年、アメリカのカリフォルニア州サンフランシスコでスロットマシンの開発を行っていたドイツ系移民のチャールズ・フェイは、3つの回転輪を持ち、ゲーム結果の判定及び賞金の払い出しを自動的に行う機能を備えた初めてのリールマシン「カード・ベル」を発明した。
翌1899年、フェイはそのメカニズムを搭載した「リバティ・ベル」機をサンフランシスコのサルーンに設置して売上を折半する営業方法を採り、大きな成功を収めた。
フェイはこの機械を販売しなかったため、そのメカニズムの秘密は長い間明らかにされなかったが、1905年、あるサルーンに設置されていたリバティ・ベル機が何者かによって盗み出される事件があり、その後に、当時のスロットマシンメーカーの最大手であるミルズ社より、「ミルズ・リバティ・ベル」という名の、フェイの発明に酷似するリールマシンが売り出された。
ミルズ社はその後も精力的に類似のリールマシンを開発、販売し、他のスロットマシンメーカーもこれを模倣した製品の製造を始めたため、フェイが独占していた頃にはサンフランシスコに留まっていた3リールのリールマシンは全米を席巻するようになり、やがては世界に広まることとなった。
フェイの「リバティ・ベル」が規定したリールマシンの基本要件は、現代に至ってもなお変わらないエポックであるとして、サンフランシスコにあったフェイの工房の跡地には、現在、カリフォルニア州が認定する937番目の史跡として記念碑が建てられている。
1899年のロサンゼルス・タイムズによると「ほぼあらゆる酒場にこうした機械が1台から6台あり、いったんこの習慣が身についてしまうとほとんどマニア状態となる。若者が何時間もぶっ通しで遊んでいるが彼らは最終的に間違いなく敗者になるだろう」 フェイの「リバティ・ベル」で使用されていたシンボルは、ベル、星、ハート、スペード、ダイヤモンド、蹄鉄…